
一対一、静かなひととき。
和尚と二人だけで坐り、そのあと向き合います。いま抱えている課題をひとつずつ言葉にし、決めるところまで付き合う時間です。
底の見えない悩みを抱える経営者たちが、裸になれる場所。
鎌倉時代より現代まで幾度の危機を越えてきた哲学としての、“禅”。
迎えるは、その意味を時代を超え伝えてきた本物の禅僧たち。
決断する前に、痛みを知っている人と話したい。
悩みに集中できる、場所と相手が欲しい。
新しい見方に触れたい。
京セラを創業した稲盛和夫は、六十五歳のときに禅寺で得度しました。 アップルを創業したスティーブ・ジョブズは、二十代から禅僧のもとに通い続けました。 重い判断を背負い続けた人が、なぜ禅に向かったのか。
経営禅がお渡しするのは、教えでも作法でもありません。 あなた一人のための禅と、思考の先にある何かを見に行く方法、場所、時間です。
「経済」という言葉は、「経世済民」を略したものです。 中国の古典に由来する言葉で、世の中を治め、 人々の暮らしが立ち行くようにすることを指しました。 数字を動かすことではなく、人を生かすことが元の意味です。
寺の住職がしているのは、まさにそれです。 経済活動を通じて、建物を守り、人と人のあいだに立ち、後を継ぐ者を育てる。 数百年続いてきた場を、いまは自分が預かっている。
経営は、人と人のあいだで起きます。 だから人を知ることが、そのまま経営の力になる。 和尚が向き合ってきたのは、人間を考える哲学だったのです。
禅は答えを渡しません。
長く坐ってきた和尚と向き合う。
自分が考えてきた、そして及んでいなかった考えが、その輪郭を露わにします。
借り物の言葉にすがることを止め、自分の中の正解を探す時間です。そしてその手助けをするのが、禅僧なのです。


和尚と二人だけで坐り、そのあと向き合います。いま抱えている課題をひとつずつ言葉にし、決めるところまで付き合う時間です。

茶道や書道、あらゆる禅の文化の理解を深める定期開催の場。教養を高め、内省を促す場です。

長野・宮崎などで不定期に開催する本格修行体験。文化体験ではなく、本当の修行を再現した厳しい修行僧の生活をします。極限だからこそ見えてくる自分の内面と向き合える場です。
日本には二万を超える禅寺があります。そしてその多くが、何世紀もの歴史を持つ文化的建造物です。 さらに驚くべきことに、そうした寺の維持は、一人ひとりの僧侶の管理のもとに成り立っています。経営禅は、この活動を通じて、文化的価値を持つ寺院の維持に貢献していきます。